
「中小企業は生産性が低いから、統廃合して規模を拡大しないと、日本は中国の属国になる」んだそうです。
風が吹けば桶屋が儲かる論理のほうが、まだ筋道に道理があります。
ところが、向こうは「統計数字だ」「OECDの比較データだ」と強調するものですから、「非常に客観的な事実を突きつけられている」ような錯覚に陥ってしまいます。
仕方がないので、「そんなこと言っても、失業者が出たら困るではないか」とか「中小企業は日本の宝だ」などと、センチメントに訴える手に出ることを余儀なくされています。
こうなると、「別にどっちでもいいや」という立場で外野席から見ている一般民衆からは、防戦一方になっている中小企業陣営が負け犬の遠吠えをしているように聞こえてしまいます。
当研究所はこの分野では研究の蓄積がありますので申しますと、冒頭の「潰してしまえ」と吹聴している内容は、ほとんどが虚妄に満ちた言辞であると言えます。
マトリクスをご覧ください。
かの論者の言っていることは、左上の①の箇所のことだけです。
全体像のうちのたった4分の1だけなのです。
小さい中小企業から大企業を見ると、儲かって生産性も高いように見えている、ということだけです。
「いま現在」の「ミクロ(当該企業のこと)」のことだけを、地面近くから見ているだけで、あたかも天上の神が世界と未来を透視して下したお告げのように盛っているのです。
これは、戦う前から議論に勝つという作戦です。
アングロサクソン的な世界制覇の実践経験に基づいているので、絶対平和主義の日本人を相手にするなど朝飯前です。
中小企業擁護陣営には実直な人々が多いので、こうした狡猾な策動に気づかないまま、困ってしまっているのが現実です。可哀相なことです。
②をご覧ください。
実は、「企業規模と生産性の関係」というのは、政府の統計データでも②のようになっているのです。
1つの企業ではなく、その企業が属する産業をマクロで見れば、簡単にわかることです。
つまり、「零細企業では逆に生産性が高い」のです。
このグラフの形状は業種別に異なり、中には小規模企業が大企業をも凌駕する生産性を示す産業もあります。
これは厳然たる統計データで示されている事実ですから、議論の余地はありません。
ここまでは、「いま現在」の話です。
要するに、「将来どうなるか」ということを、最初から無視した議論なのです。
③をご覧ください。
動的(ダイナミック)なミクロの視点、つまり、対象企業が仮に企業統合によって規模を拡大していったら将来どうなるか、という視点です。
棒グラフは売上高、緑の部分が利益を示します。
(ここでいう利益とは、営業利益と思っていただいて結構です)
統合してしばらくすると、売上高は統合直後(というか正確には、統合直前の統合企業+被統合企業の合計値)よりも低下するのが普通です。
合併企業の有価証券報告書を合併前後で比較すれば簡単にわかる事実です。
M&Aの実務ではそのことは当然織り込み済なので、それ自体は大したことではないのですが、問題はそこからです。
統合企業の内部で、管理費用が増大して、利益率が低下していきます。
これによって、売上が減るばかりではなく、利益も低下していくのです。
(これも、有報の分析で明らかです)
そのようになっていない大企業もあるではないか、という声も出るかもしれません。
はい、その通りです。
それは、もともとスリムな体質を構築済な優良企業の場合です。
筋肉質な体質のまま内在的に成長すると、横に太ることなく、身長だけを伸ばしていくことができるのです。
(実際には体重も増えますが、余計に太ることはないという意味です)
もともと、中小企業時代にも太りやすい体質を秘めていた企業が、「規模だぞ!」といわれて慌てて合併すると、悲劇は増幅されるのです。
1社単独でも太る体質だったのに、同じ体質の企業が統合したら、余計に太りやすくなります。
百歩譲ってそれ以上太らなくても、筋肉質に転換することは夢物語です。
なぜなら、統合した企業ではだれも過去に筋肉質を経験していないからです。
わかりやすくするために、敢えて例え話にしてありますが、すべて数字で裏付けを取ってある事実です。
さらに、④に参ります。
産業全体の利益率は、低下していくのです。
このことは、学者の中にも指摘する人が少ないのですが、日本の中小企業の多くが所属している成熟産業においては、残念ながらこれは不可避の現実です。
いくら企業統合をしても、マクロの収益率が低下していくので、その産業に属している限り、当該企業の生産性も向上することはありません。
重要な発見事実としては、無風状態のときには実線で示した産業構造だったのに、企業統合など産業再編を開始したために業界全体が過度な価格競争に陥ってしまい、参加者全員で自分たち全員の首を絞めることにつながるという点です。
この悲劇は、いちどこの動きを始めてしまった業界は、最後の1人が残るまで首を絞め合い続けるということです。
(産業組織論ではベルトラン競争と名付けられています)
繊維、造船、半導体、液晶ディスプレイなど、枚挙に暇がありません。
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*2021/10/5追記
なお、本稿で指摘した事実と、ロールアップ戦略とはまったく矛盾しません。
当研究所が提唱するロールアップ型連続M&A戦略は、本稿で指摘した現実のマクロ動態を前提にしたうえで構築された極めて実践的、実務的なものです。
詳細については、世界初のロールアップ戦略の教科書として刊行計画中です。