このテーマは、中小企業周りでは、ここ数年のバズワードになっています。
昨年の10月に別のところへ掲示しておいた論考が、残念なことに、いまもって世の中に知って頂きたい内容のまま、社会の認知が停滞しているようですので、改めて下記に無修正のまま再掲しておきます。
なお、下記文中で「新政権」とは、当時「新しく」発足した菅政権のことです。
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2020/10/30
いつの世、どこの国にも、時の権力者に取り入ろうとする政商が絶えません。
新聞に小さく出ている官邸面談記録を見ると、前政権では出入していなかった顔ぶれが、最近しきりに登場しています。
我々中小企業業界に関して言えば、京都のほうで伝統工芸の修復屋さんの社長という肩書の人の発言が、新政権では重用されているようです。
この人の発想と発言は、かなり極論です。
それも、「未検証の仮説」レベルを自信満々に振り回しています。
“ 日本はほかの先進諸外国に比較して、企業の生産性が低い(先進国で最下位の34位)。その原因は中小企業にあるから、再編を促進して中小企業の数を激減させれば、国の生産性が向上する。”
長い話を、敢えて短くするとこんな感じです。
これまで、この人がバブル後遺症の不良債権問題を先駆的に発見したり、観光立国としてインバウンド振興を提言したりしてきたときには、なかなか説得力のあることを言っていたので、それなりに共感していました。
不良債権問題のときには、この人は外資系投資銀行のアナリストでしたから、専門家といえます。
インバウンド振興のときには、外国人の視点で日本人が陥りがちな「安易な自国褒め」をたしなめていたので、これもまあ白人サンのいうことに弱い日本人の泣き所を狙った作戦でした。
ところが、今回はいけません。
名前が売れると専門外のことにも口を出してしまうのが、出たがり屋さんの悲しい性(さが)です。
こんどの生産性議論ですが、彼氏としては専門領域とはいえません。
かなり粗雑な論理展開です。
“ 日本人は情緒で発想するからダメだ。データで考えなさい。”
というご説には全面的に賛同します。
彼氏も例によってデータを使います。
それによると、
“ 日本企業の生産性を規模別にプロットすると、大企業>中堅企業>零細企業となっている。” ①
(企業の規模が大きいほうが、生産性が高い)
ここまでは、事実がその通りですから、賛成も反対もありません。
で、ここから飛躍が始まります。
“ 零細企業を中堅企業に再編すれば、日本の生産性は高まる。”
・・・などと方々で言って歩いているのですが、それって本当ですか?
そのプロセスに関する論拠が何も提示されていないのです。
「零細企業を、廃業・売却・合併などによって規模を拡大すれば、生産性が高まる」 ②
といいたいらしい、というところまではわかります。
話を簡単にするために、②のエッセンスを次のように抽出してみます。
「企業の規模を拡大すれば、生産性が高まる」
これって、論拠はどこにあるのでしょうか?
まさか、さっきの①ではないでしょうね?
“ 日本企業の生産性を規模別にプロットすると、大企業>中堅企業>零細企業となっている。” ①

わかりやすくするために、このセンセイに代って私がグラフにしてみました。
(絵的なものがないと、読みづらい)
賢明な読者であればお察しのとおり、これは、あくまで現在の事実です。
それ以上ではありません。
ここで、日本の企業数のうち多数を占めている「小規模事業者」(国の統計によれば企業数で84.9%)が、雪崩を打って中堅企業に成長したら、それで生産性も自動的にスライドして上昇していくのでしょうか?
熾烈な競争をしている現実の産業界は、そんな単純な世界ではありません。
この人の見方は、「スタティック static」です。
産業の実態のうち、ある時点のことをグラフにしたものをチョキチョキと切り取ってきて、
主張したいことを書いた紙の上にペッタンコと貼り付けたものです。
ところが、現実の産業は動いています。
実態というよりも動態と表現したほうがいいでしょう。
この人は、規模の小さいプレーヤーが多すぎる、85%も占めている、といいます。
それを統廃合で規模を拡大せよというのですから、そうすると数は激減することになります。
無論、彼氏はそれをしなさいと言っています。
「そうすれば、消滅した零細企業が担っていた分の市場規模が、中堅企業のほうへ自動的に移っていく」という理屈です。
それだけではありません。
規模拡大に伴って、利益率は上昇する、というのです。
(利益率が上昇しないと、さきほどのスタティックなグラフに沿って、右上方へ登ることはできませんから)

その唯一の拠り所は、「規模と生産性は比例する」という ① のグラフです。
目標像を示しているのが ① のグラフで、その論拠も ① のグラフということになります。
国家の命運を左右する提言の論拠が、これ1枚だけとはお粗末様です。
「統廃合によって企業の規模が拡大すれば、拡大以前の売上高は合算できるし、利益率も向上する」
などという想定がその通りに行かないことは、実際に事業会社を経営している実務家には周知のことです。
本欄で、なぜ延々とこのことを指弾してきたかと申しますと、実は私がまったくこれと同じことをやってきたからです。
右肩上がりのグラフを見て、こう考えました。
「規模を拡大すれば、市場シェアが高まると同時に、利益率が上昇して、従業員の給与も上げてやれる」
まだ30歳台で、一途(いちず)な青年でした。
それが、低利益率にあえぐ古い業界を良くし、ひいては日本の中小企業を良くすることにつながるんだ、と。
そう信じて疑いませんでした。
中小企業、なかにはこの人がやり玉に挙げている零細企業もありました。
全部で17社を友好的に事業統合しました。
その後の展開は、当たり前ですが、「スタティック static」ではありませんでした。
実際の産業界は、静止画ではなかったのです。
さきほどの、2枚目のポンチ絵の続きとしてご覧ください。

実業の世界は「ダイナミック dinamic」だったのです。
動画です。
創業時に年商0円からスタートした会社は、この人の提言そのままに、中小零細企業群の統合を経て、わずか4年後には年商130億円規模の中堅企業に成長しました。
これを見た競合他社は危機感を募らせ、図らずもみんなが同じ方向へと走ったのです。
「規模を拡大しないと生き残れない」とみて、とにかく売上高を増やそうとしました。
当時は、同族企業のM&Aなど簡単にできるインフラもありませんでしたから、多くの競合他社がやったのは、激安価格を提示して、他社から顧客を奪取するローラー作戦でした。
業界首位企業は、なんと1社あたり数百万円から数千万円にものぼる「取引変更謝金」を提示するという経済合理性からは到底説明できない愚挙に出ました。
この結果、長期継続取引による信頼関係が構築されていない顧客は離れていき、信頼関係が濃厚だった顧客には、競合が置いて行った見積書の価格だけが適用されることになりました。
そんなことが、業界中の全社を巻き込んで吹き荒れたのです。
市場が縮小する中で、実勢価格だけが急降下する過当競争の嵐です。
その結果どうなったかと言いますと、上のポンチ絵で示すように、全体のグラフの傾きが水平に近づくようにシフトして行ったのです。
これは、業界全体の、100社以上を含めたマクロの状況です。
生産性とは、いうまでもなく、産出÷投入 です。
机上の評論家は、生産性の議論をするときに「投入」を減らすことばかり言い募る傾向にあります。
しかし、企業統合などによって投入側が低減できたとしても、それ以上に産出側が減殺されてしまっては、結果としての生産性は向上どころか、逆に低下してしまうという実例です。
市場全体から見れば占有率で2%しかない1社による再編行動が、業界全体の収益性を下げてしまうメカニズムは、少なくとも企業戦略やM&Aの世界では共有された知見ではありませんでした。
1社の企業行動が、業界全体に影響してしまうのです。
これを看過しているのが、現在の経営戦略業界で既知とされているフレームワークの限界です。
産業構造の動態的な視点を織り込んだ枠組が未開発なのです。
(その詳しいメカニズムについては、産業組織論の詳細について勉強したうえで再掲したいと思います。)
まして、いま活況を呈しているM&A業界には、次々と売ったり買ったりするのを煽る人種は多数いても、連続的なM&Aがマクロの産業構造に影響して、結局自社の収益性を下げてしまうことなど、気づく人はいません。
(その後、統合して大きくなって一旦低下した会社の収益性を、どのように回復させていったのか。これについては、それだけで長いストーリーになりますので、稿を改めたいと思います。)
私は、当事者として実体験しましたから、この京都在住?の社長さんが言っている「提言」が、机上の空論に過ぎないと言い切れます。
もし、「そこまで言うなら証拠を出せ」というのでしたら、話は逆であります。
論拠というものは、説得しようとする側が出すものではありませんか、と申し上げなくてはなりません。
さて、彼氏が提示しているデータなるものを見てみましょうか。
“ 日本は中小企業の定義が生易しく、中小企業の数が多すぎる。
だから、もっと厳しくして、中小企業の数を減らすべきだ。”
と言っているときに引用するデータは、こちらです。
日本の中小企業数が全企業数に占める割合
なかでも、零細企業が全企業数に占める割合
これをもって、
“ 日本は中小企業の比率が高すぎる。だから先進国中で最低の生産性なのだ。”
“ 世界の第34位に沈んでいるのは、中小企業と零細企業を温存しているからだ。”
というトンデモ主張の「裏付け数字」にしているのです。
彼氏の作戦は、日本の「鵜呑みジャーナリズム」のピーマン頭を攻めてきます。
(相手の弱点を攻撃するのが戦闘の基本ですから、それはそれで、理にかなっていますが)
日本のデータしか出さず、ほかの先進国のデータを出さないのです。
データ的なものを提示されると、それ以上追求しない(できない)レベルであることを、見透かしているようです。
日本語を流暢に操る白人には反論できないという、日本の自称ジャーナリスト達の生態にも造詣が深いのも憎いところです。
さてここに、アメリカと西欧の各国のデータがあります。
全企業数に占める/中小企業数の割合/零細企業数の割合
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欧州連合(EU)/99.8%/91.6%
イギリス/99.9%/95.6%
フランス/96.6%/95.5%
ドイツ/99.5%/-
スウェーデン/99.8%/-
アメリカ/99.7%/-
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出所:海外の中小企業・小規模事業者に関する制度及び統計調査に係る委託事業報告書(中小企業庁)
ちなみに、「日本は他国に比べて中小企業や零細企業が多すぎる」と言って引用している、日本についての数字はこちらです。
日本/99.7%/84.9%
(出所:中小企業庁、2つ前のと同じ資料です)
上の表の欧米の数字と見比べてください。
中小企業の構成比は他の先進国と大差はありませんし、零細企業については、データのある英仏と比べても、
「多すぎる」どころか、格段に少ないことがわかります。
中小企業の定義ですが、この人はかねてより「日本の中小企業の定義は甘すぎる。基準が緩すぎる」と主張しています。
それが本当だとすれば、日本における中小企業の構成比が他国よりも格段に高くなるはずです。
ところが、実情は、上記の通り、中小企業の構成比で大差はなく、零細企業は日本が大幅に少ないのです。
ということは、基準が緩いとか、怪しからんとか、他の先進国と違いすぎる、等々の一連の御高説は、すべて数字の裏付けがない単なる思い込み、そうでなければ、誰も裏を取らないだろうという態度に由来しているのではないでしょうか。
くわしいことは、上記の中小企業庁レポートで完全に論破されています。
非常に細かいデータで、詳細に調査されています。お時間のある方は、ぜひ一度ご覧ください。
それぞれに独自の歴史とストーリーを持って続いてきた中小企業が、こんな薄弱な論拠の下に、国家によってお取り潰しになっていくのって、果していいことなんでしょうか?
この人が政権に取り入ってくれたおかげで、中小企業をどんどんM&Aしてしまえ、という流れは国家のお墨付きを得た格好になってしまいました。
それに伴って、中小企業M&A仲介業者のイケイケセールスマンたちの歩合給がまたまた上昇していくのでしょうか?
ご先祖様からの預かりものであるファミリービジネスが、自動車・生命保険・プレハブ住宅のように、「ノルマ営業」の単なる「商材」に成り下がってしまったことは、痛恨の極みです。
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2020年の投稿の再掲は以上です。
なお、上記の論考において示されているマクロ動態を充分に考慮したうえで、中小零細企業を経営統合する実践的手法として、当研究所では「ロールアップ型連続M&A戦略」を提唱しています。これは、「何でもいいから合併してしまえ」という暴論とは全く別次元の精緻な理論と段階的実践計画によって構成されているものです。当然、対象業種の選定が重要になります。
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