コンサルティングファームの変容

私が財閥系リサーチ会社から外資系コンサルティング会社に転じたときに、一番その違いを痛感したのは、成果物の違いでした。

 

品質の差と言いたいのではありません。

 

「成果物とは何か」「何で対価をもらうのか」という、商売の本質の部分が、根本的に異なっていたのです。

 

ちなみに、似た部分も勿論多くありまして、残業、徹夜、休日出勤などは似たり寄ったりでした。(ブラックという用語自体がなかった石器時代の頃の話を始めると、キリがないので深入りは避けます。苦笑)

 

リサーチ会社は、調査をした結果を報告書にとりまとめて、顧客に報告し、納得を得ることができたら、それを報告書という形で納品し、対価を頂きます。

 

一方、コンサルティング会社には、報告書という目に見える有形の成果物は特段なかったことに、腰が抜けるほど驚きました。(私の入った会社だけのことかもしれませんし、その時代だけのことかもしれません。よって、業界全体に一般化はできませんし、現在もそのようになっているかは存じていないことを、あらかじめお断りしておきます。)

 

報告書という「現物」がないのに、どうしてリサーチの何倍もの高額の対価を頂けるのでしょうか?

 

それは、フィーの対価である「クライアントに対する付加価値」の定義がまったく異なるからです。

 

リサーチのプロジェクトでは、調査や分析によって導出された「事実」や「原因」「傾向値」「予測」などが価値を持つと認識されます。

 

その認識は、委託するクライアント側と受託する調査会社側で、ほぼ疑いなく共有されていることです。なので、(一部では予測値まで求められる案件もあったとはいえ)基本的には「事実の究明」によってプロジェクトが完結することに対して、議論の余地はありませんでした。

 

ところが、コンサルティング会社では、あちこち駈けずり回って集めたり調べたりしたことを、一生懸命まとめて報告しても、社内のミーティングではまったく評価されません。

 

それどころか、上司からはこのように叱責されます。

「いつまでお勉強してるつもりなんだ!」

 

「これは(単なる)インフォメーションだね」などと、同僚からも容赦ない指摘が出ます。

(能力による解雇が常態化している外資では、同僚は仲間ではなく、「蹴落とすべきライバル」と思われることもあるようですが、社内はそんなギスギスした雰囲気はなく、他人のことにかまっている暇はないというのが正直なところでしょう。)

 

事実の調査や解明にも、当然ですが、手間も労力も時間もかかります。

しかし、それらは、まったく評価(人事評価という意味ではなく、成果物としての価値という意味ですが)されないのです。

 

必死になって調べて、とりまとめても、「クライアントからお金をもらって、お前が勉強しましたってことかよ!」などと、厳しい言葉でなじられます。

 

でも、そんな罵声もまだマシなほうです。

 

もっとも厳しい言葉は、これです。

「で?」

一言ではなく、一音です。

30分の報告が、1秒で却下された瞬間です。

 

長々と報告したのは前提の整理でしかなく、本題は何だ?というのです。

 

ここにおいて、コンサルティング会社がクライアントに提供する付加価値は、顧客の変貌という「結果」でしかないという厳しい世界を思い知るのでした。

 

採用面接の際に、(これは別の外資系有名コンサルティングファームでしたが)面接官に尋ねました。

「そんな高額のフィーを、どうやって正当だと証明できるのですか?」

 

面接官は、こともなげに即座に答えました。

「株価が上がりますから」

 

リサーチ会社では思いもよらない発想に、びっくりして新鮮さを感じました。

 

さて、今日の本題は、冒頭の写真の出版物を読んだ感想です。

このムックは、日経新聞から出版され、同紙上でも盛んに広告を出稿しているようです。

 

率直な感想を一言で申しますと、私が在籍していた頃とは、業務の内容が(分野ではなく)本質からして大きく変わってしまったと感じました。

 

リサーチ会社的な、「インフォメーションの供給」が仕事の小さくない部分を占めているのではないかと感じさせる内容構成です。

 

クライアント側の要請もあるのか、それとも、何十倍にも成長(?)した人員規模を食べさせるために事業領域を拡大せざるを得ないのか。それは外部からはわかりません。

 

ただ、私が正社員200名を超える企業を経営していた経験から申しますと、数百名の従業員を継続的・安定的に雇用していくためには、仕事の選り好みをしている余地はあまりありません。

 

どちらが良い、悪い、という話では勿論ありません。

産業構造の進化に伴う老舗企業の自己変容といえるかもしれません。

 

だとすれば、「経営トップの戦略的意思決定」に特化した(昔はそこに特化して出発した産業でした)エッジの利いたブティック型の小規模ファームが、大手の何倍かのフィー単価で勃興する余地があるともいえます。

 

パテック・フィリップを超えるリシャール・ミルとでもいいましょうか?