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社長業界の話題から ~ 第2回松本晃さん

ジョンソン&ジョンソンで実績を上げ、カルビーの創業家に招かれて同社の業績を大幅に向上させ、鳴り物入りで転じた先がライザップだったので、マスコミはじめ世間を驚かせた松本晃さん。

 

発表会見で「なんでライザップなのか?」といぶかる記者陣を前に、松本さんは「瀬戸社長にほれた」「この若者を一流の経営者にしたい」などと煙に巻いていましたが、経営理論を語る時の切れ味には程遠く、記者たちの頭上には???マークがいくつも浮かんだままでした。

 

直接取材して記事を書いている記者が得心していないのですから、それを読むしかない一般読者の「モヤモヤ」は、炭焼小屋の煙突なんて生易しいものではなく、急勾配を息せき切って登りゆく3重連の蒸気機関車の如く噴出し続けていました。

 

ところが、というべきか、やはりということなのか、代表取締役から平取締役になったと思ったら、取締役も退任だそうです。1年も持ちませんでした。

 

プロ経営者を招聘するときには、決めておくべきことがあります。

 

それは、オーナーが口出しをしない、ということです。

ここでいう「オーナー」とは、招聘したり解任したりする実質的なパワーを持つ者と定義します。

 

前回の潮田さんは、持株比率は僅か3%でしたから、所有権という意味でのオーナーとはいえませんが、自己の息のかかった委員で固めた指名委員会の議長として権勢を振るっていました。

 

過去に成功したプロ経営者といえば、三枝匡さんが筆頭に挙がります。

 

建設機械大手のコマツの子会社を再建した一連の経緯は、ロングセラー『V字回復の経営』(日経新聞社)となっており、企業再建の教科書としては第一選択肢とされる名著です。

 

その後、金型商社・ミスミの再建を託され、これまた切れ味よく関連事業をバッタバッタと斬り落して、見事に2度目のV字回復を達成しています。

 

こう見ると、三枝さんの手腕が凄い訳ですが、それだけではこのような結果にはなりません。

 

LIXILに招かれた瀬戸さん(ライザップじゃないほうです)が、手腕を発揮するまえに解任されてしまったことを見てもわかるように、「オーナーが口を出さない」ことが必要なのです。

 

その点、ミスミの創業者でオーナーの田口さんは、三枝さんに黙ってやらせました。

 

「あたり前じゃないか」と思うかもしれませんが、ミスミほどのユニークなビジネスモデルの創業者が、まだ自分の目の黒いうちに、自分がこれまでやってきたことを殆ど全面否定してしまう後任経営者に一切介入しなかったのは、なかなかできることではありません。

 

ミスミは、単なる金型屋さんではありません。

使用する側(工場のエンジニアなど)の立場に徹底して立って制作された詳細なカタログによる販売という極めて独創的な事業方式を確立し、それで業績を向上させ、上場した会社です。

 

で、そこまでが余りにもビューティフルだったので、自信をつけた創業社長は、多角化を図りました。

 

よく、マーケティングの教科書に、「作った物を売りに出すこと (product out) を卒業して、顧客が欲しがっている物を先に調べてから作らなくてはダメだ。そのために市場に飛び込む (market in) に移行しなければならない」的なことが書かれています。

 

ミスミの田口さんは、そのさらに先を行きました。

「まともな市場が機能していない産業があれば、そこに本来の市場機能を持って行けば、顧客は一気に獲得できる」という考え方でした。

 

これを、market out と名付けました。

ダメだと酷評されていた product out を逆手に取ったパロディーで、強烈な皮肉が込められていました。

 

さて、「まともな市場が機能していない産業」を八方手を尽して調べ上げ、万全の準備期間を経ていくつかの新規事業へ参入しました。

 

しかし、どれも着眼点は良かったのでしょうけれど、数字としては結果になって表れてきません。

そうこうしているうちに優良企業ミスミの業績は下降に向い、三枝さんに白羽の矢が立ったというわけです。

 

社長に就任するや、三枝さんは新規事業を次々に切り捨てて、ほぼ全部売り払ってしまいました。

撤退するだけなら誰でもできますが、その後に本業集中型の成長路線に転じ、社長在任期間中に売上も営業利益も4~5倍になるなど、「急成長を実現しました」(株式会社ミスミグループ本社プレスリリース、2018 年 3 月 29 日付)。

 

これはちょっと、上場企業のまともなリリースとしては読んでるほうが赤面してしまうくらいの自画自賛ぶりでして、ハタと我に返ったときに大丈夫ですか?といいたくなるような文面ですけれど、まあ、後任の幹部の皆さんが三枝さんに心底感謝してるんだろうなということは伝わって参ります。

 

で、強調したいのは、田口さんが黙っていたことです。

自分が手塩にかけて作り上げた、どこの経営の教科書にも書いていなかった market out という独創的な手法が、目の前で音を立てて全否定されていくのを目の当たりにしたら、普通の創業オーナーなら勘弁しないところです。

 

ここがやっぱり大物なんでしょうね。

 

田口さんは超然と去り、自分のコンセプトを具現化するための新会社を別途に立ち上げます。

その名も m-out エムアウト、つまり、マーケット・アウトです。

これは非常に素晴らしい態度です。

招聘したら、何があっても委ねる。手も口も出さない。

 

さて、大物はこれができるから大物なんですが、小物はどうすればいいのでしょうか?

 

小物は、それ自体悪い存在ではありません。

世の中には、小物がいるお蔭で大物が大物たり得るのであって、大物ばかりでは世の中がうまく行きません。

 

どうも日本社会には、平等思想が悪い意味で跋扈していて、「みんなが平等」であることを殊更に求めすぎます。

 

大人(たいじん)としての素養と思考と行動が身についている人は、ほんの一握りです。

あとは普通の一般人ですから、聖人君主のような行動は期待できません。

 

メインストリームだと思って、その領域で頑張ってきた多くの人々は、当然ですが事業の撤退によって居場所がなくなります。

日本企業ですから、配置転換という形で雇用は守ってくれるのかもしれませんが、放出される部門の中心人物という微妙な立ち位置だった人を、温かく迎え入れるほど優しくないのが人情というものです。

 

さて、これでやっと本題に戻れます。

 

松本さんは、ライザップが買収しまくった85社もの子会社を、片っ端から整理しようとしました。

当然ですが、買収が仕事になっていた人たちが山のようにいたはずです。

 

社命でやっていたのに、創業者ならともかく、よそから突然入ってきたご老人が、これまでの創業者と正反対のことをやるというのです。

 

面白い訳がありません。

 

当然、松本さんもそんなことは織り込み済みでありまして、瀬戸さんにぶら下がっていた幹部の10人や20人が寝っころがったところで、痛くも痒くもないのが海千山千の渡り鳥経営者です。

 

・・・というはずだったのですが、松本さんは飛び出してしまいました。

 

ということは、痛くも痒くもあったということでしょう。

寝っころがった人たちが、瀬戸さんに泣き付いたのでしょうけれど、その泣き付き方が、瀬戸さんの想定外なレベルだったのかもしれません。

 

日本では茶坊主、中国では宦官。

悪い意味で用いているのではありません。極めて有能でなければ、就くことができなかった職種です。

 

奥の院に形成された官僚機構は、古来権力興亡の歴史を変えるパワーを秘めていました。

時代は千年経っても、組織の本質には不易の部分があるようです。