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財務諸表改善目的のM&Aは失敗する好例

日本郵政が5年前に買収した豪州の宅配会社を、手放すそうです。

(画像は退色加工しています)

 

失敗例を「好例」と表現するのもどうかという見方もあるでしょうけれど、こういう例を口を酸っぱくして指摘し続けないと、「定石無視の買収」の悲劇が繰り返されてしまいます。

 

NTTやJRで味を占めて、郵政事業を民営化して安易に上場させた末路ともいえますし、M&Aの基本がわからない人が、身の程を超えた権限を手にしたときの典型的負けパターンともいえます。

 

典型的負けパターンといえば、キリンHDが国内ビール事業の先細りを補おうとして、豪州とブラジルに相次いで手を出して、性懲りもなくどちらも大火傷した買収大失敗と同根です。

 

日本郵政は、2015年に豪州の配送会社を6200億円で買収して、2年後に4000億円!もの減損を余儀なくされています。

 

その上、もうにっちもさっちも行かないから売ってしまえということのようですが、この豪州会社は慢性的赤字体質で、「持参金なしでは買ってくれるところはない」という見方もある(ダイヤモンドオンライン記事)そうですから、1兆円近いとんでもない規模の大損失になるかもしれません。

 

人のカネですよ。

 

キリンも、豪州で3800億円を投じて買収した会社を、数年後に中国とカナダの会社に売却(切り売り)したときには、合計僅か800億円にしかならず、3000億円の損失でした。

ブラジルでは、3000億円で買収して、これも約800億円で手放し、2200億円の損失を被っています。

 

これらは、当欄で何度も指摘している「エージェンシー問題」のもっとも悪い面が出た事例といえます。

 

日本郵政やキリンの経営者は、(雀の涙を形式的に保有している泡沫株主かもしれませんが、主要な)株主ではありません。株主から信任を受けたという建付けで、経営意思決定をしているのです。

 

その意思決定には、「潤沢なキャッシュを何に使うか」も含まれます。

 

その潤沢なキャッシュを生み出す企業体質が形成されたのは、歴代の経営者たちの積み重ねを含む、会社の歴史によるところが極めて大きいのであり、ポンと就任した当代の経営者の功績ではまったく無いところがポイントです。

 

郵政の場合、日本国内の事業がお先真っ暗なのに、小泉竹中改悪に端を発して上場してしまった以上、成長戦略を示さなければ株価が低落したまま、ということで、海外の大きめの会社の買収を思いついたという寸法です。

 

能力もセンスもない人間に、金庫の鍵を握らせると、こういうことになってしまうのです。

 

こんな大損害を発生させておいて、特別背任などに手を染めていない限り、最悪でもクビが飛ぶだけです。

 

要するに、株主に属するおカネは返ってきません。

 

同族経営が前近代的で、上場企業が進化した形態だと信じている人たちが、日本にはまだ多いようですから、再度問いたいと思います。

 

同族企業であれば、経営者と株主は同一もしくはニアリー・イコールです。

そのガバナンス上のメリットは、重要な意思決定を含む経営の失敗は、その経済的な損失も含めて経営者に累が及ぶことです。

 

自動的な自己牽制が強く働いているのです。

 

さて、今日はもう1つ指摘しておくことがあります。

 

それは、冒頭に書いたように、財務諸表目的の買収は失敗するということです。

 

キリンも日本郵政も、「売上高を成長させたい」「利益を積み増したい」というのが、不慣れな海外事業に手を出した発端です。

 

海外での買収が、本業の国内事業に何か恩恵をもたらすかという相互作用は、まったくありません。

 

稟議書やプレス発表などには、「シナジーがあります」などともっともらしく書いてあっても、そんな中身のない「シナジー」という意味不明の便利用語を持ち出す時点で、「何もメリットがない」「単にPL/BSの膨張が目的」という真意は見えてしまうのです。

 

M&Aはカネと相手さえあれば、成立してしまう確率が高くなります。

これは超大手でも中小企業でも同じことです。

 

だから怖いのです。

 

買収の成功には、「資源の獲得」と「能力の活用」が必要であることを、2年前に学会報告で示しました。

 

キリンも郵政も、海外の大企業をマネージする能力が欠如していたのに、買収してしまいました。

「活用」すべき「能力」がなかった時点で、失敗は見えていたということです。

 

そのうえ、買収先の「この経営資源を獲得したい」という明確なターゲットがありませんでした。

単に、日本の本社の財務諸表を「盛りたい」という下心があっただけでした。

 

中小企業のM&Aがますます加速しているようですが、皆さん、この点についてくれぐれも慎重にお願いします。