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大戸屋TOB報道にみる不勉強の連鎖

定食屋チェーンでJASDAQ上場の大戸屋ホールディングス(以下、大戸屋)が、居酒屋大手のコロワイド(東証1部上場)からTOBを受け、このほど成立しました。

 

この件をめぐっては、日経新聞をはじめとするマスコミ報道、ならびにそれらを参照といえば聞こえはいいですが、要するに体良く丸写ししてお化粧するだけのネットメディアやその他有象無象のまとめサイトなど、自称一流から便所の落書きまでほぼ一貫しているのは、「敵対的買収けしからん」「大戸屋かわいそう」というトーンです。

 

株式市場において公開企業の株式を買ったり、もしくは既存の株主から譲渡を受けたりするのは、普通の経済行為ですから、そこに良いも悪いもありません。

 

それなのに、経営陣の意向を聞かずに多数の株を買い進めるとか、経営陣が反対しているのに株を買い占めるというのは、「良くない行為であり、怪しからん」という論調が目立ちます。

 

便所サイトはほぼ日経報道の延長ですから、ネット上にこのような「論調」というか落書きが目立つのは、ほぼネタ元の日経の報道姿勢に原因があります。

 

冒頭に掲げた日経新聞9月11日付記事でも、「不意打ち」などと不穏当な響きが満載ですが、闘いなのですから、相手が油断していたらそこを狙うのは至極当然です。勝ってはいけない者が勝ってしまったという見出しに、お茶の間で水戸黄門の勧善懲悪劇を見ているような前近代性を感じます。

 

上場企業(公開企業と同義)の株式を正規の手続で取得することが、なぜ論難されなければならないのでしょうか?

 

遠くはブーン・ピケンズによる小糸製作所株の買い占め、近くは(もう近くもないですが)村上ファンドやホリエモンによる特定企業株の買い占めなどがありました。

 

毎回、買うほうがヒールで、買われる会社が可哀相、というのが通り相場でした。

「ハゲタカ=乗っ取り屋」というイメージも出来上がりました。

 

長期の企業価値向上を目指して、内部留保を多めにしてきた伝統的日本企業が狙われ、手持ち資金を株主に特別配当や自己株の買入消却で「還元」せよと迫るケースも目立ちました。

 

長年にわたる堅実経営のお蔭で蓄積した内部留保を、偶然通りがかって瞬間的に持株数が多くなったハゲタカが殆ど吸い上げて、も抜けの殻になったら売り払って去っていくだけ、という敵対的買収勢力の姿勢に産業界からも一般社会からも支持が集まらなかったのは当然です。

本欄も、こうしたハゲタカによる利己的な利益吸い上げ行為には反対します。

 

ところが、今回の大戸屋に対する敵対的買収は性格が全然違います。

 

そもそも大戸屋は内部資金潤沢な優良企業とは言えません。コロナ前の決算で大幅な赤字を計上しています。毎四半期ごとの報告書をみても、「新業態の開発などでなんとか挽回したいが、まったく数字にならずに赤字だけが増えて行くばかり」というのが実態です。

 

この厳しい現実に焦りまくる経営陣の「もがき」の状況が、有価証券報告書(株式会社大戸屋ホールディングス第37期有価証券報告書、2020年7月31日)にも見てとれます。

 

PL的にも赤字体質ですが、当然BS面の財務状況もよくありません。

 

2020年4月から6月までの第一四半期報告書によれば、2020年3月末時点から純資産が半減(正確には50.3%減少)して、僅かに16.5億円しかありません。手持ちの現預金26億円に対して、コロナ対策もあるのでしょうが長短借入金が39億円もあります。(2020年8月14日関東財務局に提出した同社第38期第一四半期報告書の記載による)

 

なので、短期的な資金吸収が今回のTOBの目的にはなりえません。

 

一方、コロワイドは居酒屋が祖業で、その後、カッパ寿司や牛角、しゃぶしゃぶ温野菜、ステーキ宮などさまざまな業態を傘下に収めています。あまり知られていませんが、独特の世界観で差別化しているフレッシュネスバーガーも2016年に支配下に入れています。

 

このように次々に買収するのはカネさえあれば比較的容易なのですが、買収後にも継続して収益体質を構築し利益を生み出し続けるのは、実は外食業に限らず容易なことではありません。

買うのは易し、儲けるのは難しです。

 

その点コロワイドは、コロナ禍までは連結で230-240億円の売上、2-3億円の税引前利益を毎年計上しているのは、外食業として利益率が低いながらも健闘している部類です。(株式会社コロワイド第58期有価証券報告書、2020年6月30日提出)

 

赤字で苦しんでいる企業(大戸屋)が、黒字で買収も上手な企業(コロワイド)を警戒して、株の取得に反対するのは、事情は簡単です。

株主が反対しているのではなく、経営陣が反対しているのです。

 

日本のマスコミがこのあたりを曖昧にしたり、記者自身も認識が浅いこともあって、「会社側」という得体のしれない表現を好んで使うのですが、今回のようにTOBが成立したということは、「会社」の持ち主であるほかならぬ株主が賛成しているのですから、反対していたのはTOBが成立すると自分の首が飛ぶ経営陣の自己保身だったわけです。

 

実にわかりやすい、簡単な構図です。

 

繰り返しますが、株式公開企業ですから、経営陣が株主の意向を無視して勝手に経営したいといってもそんなことは通らないわけです。勝手にしたければ上場を廃止すべきです。(その手続であるMBOにも少数株主利益の侵害など問題が多いのですが、ここでは立ち入りません)

 

大戸屋の現経営陣には、暗い過去があります。

それは「定食屋」という業態で日本で初めて株式を上場させた創業家を追い出したことです。それで創業家(=創業者の未亡人と息子、つまり遺族)は泣く泣く持株をコロワイドに譲渡したのでした。

 

コロワイドが経営権を握ったら創業家が復権し、そうなれば自分たちは逆に放逐されることになることくらい、余程の鈍感でなくてもわかります。だから反対しているのであって、会社のためとかお客様がいまの店内調理を支持しているとかアピールしているのは、会社のためでもお客様のためでもなく、自己保身の修辞(レトリック)として用いているのです。

 

記者が店内調理をお客も支持しているなどと、あたかもインタビューでもしたように書いていますが、想像でお客の声なるものを勝手にでっち上げて書いても読者には検証のしようがありません。

 

百歩譲ってそれをお客が支持していたとしても、では何故赤字になっているのか?ということが問題です。

 

いくらお客が支持しようとも、赤字では私企業として失格であって、それは店とお客の自己満足でしかありません。

赤字でもいいから店内調理を続けろ、という主張をしていれば、公開企業からは投資家が逃げ出していくだけのことです。株価、企業価値は低落まっしぐらです。

 

大戸屋に関する記事で気に入らないのは、競合他社についての言及がほとんどないことです。

 

大戸屋と直接競合するのは定食屋という業態ですから、「やよい軒」と「まいどおおきに食堂」ということになりますが、これに言及することなく、大戸屋のことだけで記事を完了しているケースがほとんどです。

 

やよい軒は「ほか弁」の「ほっともっと」を運営する株式会社プレナスの1事業部門です。「おかず+副菜+ごはん+味噌汁」という定食メニューをバラエティー豊かにそろえ、駅前などの便利な立地で展開しています。

 

メニュー構成は大戸屋と近いものも多いのですが、最大の違いは、ごはんお替り自由、漬物お替り自由という点で、これが男性客に絶大な人気を博しているポイントです。とはいえ、「お替り自由」ばかりが強調されますが、同類メニュー同士で比較すると、大戸屋のほうが1~2割程度割高な価格設定となっています。

 

例を挙げますと、大戸屋「さばの炭火焼定食」(さば、大根おろし、豆とひじきの煮物添え、ご飯、味噌汁、漬物)810円(税抜、以下同様)に対して、やよい軒「サバ塩焼定食」(さば、大根おろし添え、冷奴、ご飯、味噌汁、漬物)670円となっています。

 

同様に、豚肉の生姜焼き定食でも、大戸屋810円、やよい軒640円、鶏のから揚げ定食では、大戸屋810円、やよい軒730円という調子です。

 

つまり、やよい軒のほうがもともと安いうえに、ご飯のお替りの分だけ更に価格差が出ているのです。

 

肝心のお味のほうは、これは各自の主観に属するので読者のご判断にお任せしますが、同じものを比較すると、この2店に大きな差があるわけではないと思います。

 

ただし、メニュー構成自体が、やよい軒はステーキやハンバーグなどの肉系にも幅広い品ぞろえをしているのに対して、大戸屋はうどん、そばを用意しているなど、カテゴリーの編成に違いはあります。

 

しかし、もっとも大きな違いは、店内の空気感です。

 

商品構成、値段設定、ご飯お替りなどの要因で、やよい軒はガッツリ食べたい男性客の絶大な支持を克ち得ているのに対して、大戸屋は店内の内装や接客の立ち居振る舞いがどことなく「しっとり」としている(あくまで比較、および主観ですが)こともあって、女性グループや女性のお1人様、高齢者の方が目立ちます。

 

料理の提供時間は、圧倒的にやよい軒が早く、大戸屋は店内で手で調理する工数が多いためもあって、注文してから出てくるまでの時間がゆっくりとしています。

 

こうしたことで、客層としては、時間がなく、量をたくさん食べたいお客がやよい軒、ゆっくりとおしゃべりしながら食べたいお客は大戸屋というように、自然と棲み分けが成立しています。

 

これは非常に重要なことです。

 

外食、とくに定食屋などの、比較的低価格の日常需要を対象とした産業においては、ヘビーユーザーにどれだけリピートしてもらえるかが、勝負を分けることになります。

 

ヘビーユーザーは、新規客と異なり吸引費用がかかりませんし、週に何回も来店してくれて、なかには昼食だけでなく残業飯や夕食もしくは寝る前の食事を食べてくれるお客もいます。

 

お昼時しか来てくれない女性客と違って、「常にお腹が空いている」若い男性は、朝から深夜まで定食を食べてくれるので、営業的には非常に有難いお客さんということになります。

 

食べ盛りの若い男性社員を100名以上雇用していた筆者の経験で例示しますと、A君は身長180センチ、体重90キロのがっちりした筋肉質の34歳、通勤に片道1時間半かかっていたのですが、自宅で朝食を済ませて出勤し、会社の近所のコンビニで2度目の朝食を買って会社のデスクで食べ、昼食は普通に会社近所の飲食店(定食屋、中華料理屋、牛丼店、ラーメン屋、蕎麦屋など)で毎日なんらかの大盛りを食べ、夕方の残業前に早めの夕食をしっかり食べて、残業後に帰宅して寝る前に再度夕食をちゃんと食べる生活を送っていました。

 

平日は毎日1日5食ということになります。

実はこういう青年は日本に多くいて、1日5食のうち1食もしくは2食をやよい軒で摂っているという例もあります。

 

この客層が大戸屋とは根本的に違う点です。

 

これは業績に如実に現れていて、プレナス(東証1部上場)の第60期有価証券報告書(2020年5月26日提出)では、「やよい軒事業」がセグメント別計上されているのでわかりやすくなっていますが、国内店舗数382軒、年間売上304億円で年間セグメント利益が9億円(前期は売上312億円、セグメント利益13億円)と安定的な利益を計上していることがわかります。

 

赤字の大戸屋とは業績に雲泥の差があります。

 

大戸屋の経営陣がコロワイドのTOBに反対する理由として、店内調理がお客に支持されているのにコロワイドの提案するようにセントラルキッチンを導入したらお客が離れていくということを言っているようです。

 

しかし、ヘビーユーザーの男性客は店内調理かどうかよりも、「安くて、量があって、早く出てきて、そこそこ美味しい」ものを求めているので、最初から大戸屋には来ていません。

 

なので、こうした「外食業必勝公式」であるヘビーユーザーの確保のためには、ノンヘビーである女性客や高齢者のうち「店内調理をやめたら大戸屋にはもう行かない」というカルト的信者が仮に離反してでも、好調な同業他社である「やよい軒」に通っているような男性客を取り込まなければ店舗の営業が成立しない、という冷酷な事実をコロワイドは指摘しているのだと思います。

 

当のコロワイドは、公刊資料で見る限りではそのように明言してはいませんが、外食業の連続M&Aで実績を積んでいるプロですから、当然そこまで観察し分析しているはずです。

 

それにしても、人口1千万人を超える大都会の真ん中で、10米ドル以下でまともなランチがフルサービス付き(しかも、お茶が何杯でもタダ!)で食べられる東京は、世界中でも珍しいくらい消費者フレンドリー、つまり事業者泣かせの街といえます。