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社員の出生率を劇的に増大させた伊藤忠の株主総会

3月決算企業の株主総会シーズンも、今日で終わりました。

 

このブログで株主総会にかんする記事のPVが、毎年6月になると(普段の閑古鳥が嘘のように)跳ね上がります。

 

本欄では、細々と自己投資をしている先に、泡沫株主ながらできる限り出席するようにしています。

 

総会で知ることのできる会社の姿は、一面的ともいえますが、それはそれで結構奥の深いところもあります。

 

年に一度の大イベントだからといって、格好をつけようとしたところで、付け刃はすぐにわかります。

 

新興市場に上場して数年という企業は、よくいえば初々しさのなかに、「キチンとしなきゃ」モードが過度に見て取れてしまい、おろしたてのランドセルで背中が隠れてしまう新入生の後姿を思わせるものがあって、微笑えましい印象を与えます。

 

もう数十年以上も東証1部を張っているような一流大企業は、さすがに事務方の経験値も豊富で、よく訓練も行き届いているので、簡単にボロは出てきません。

 

ただし、それは議事が始まる直前までの共通点でありまして、ひとたび議長が第一声を発するところから、スタイルは二手(ふたて)に分かれます。

 

それも、かなり対照的な「真っ二つ(まっぷたつ)」に分岐します。

 

1つは、どこまでもピリピリしていて、「絶対に間違えないぞ!」という決意が悲壮感漂うパターンです。

こちらのケースでは、議事進行はすべて手許のペーパーの棒読みで行われます。議長だろうが議長の指名により発言する役員だろうが、みんな紙に目を落として棒読みに徹します。

 

このタイプの企業では、冒頭の「報告事項」にしてから、(議長による棒読みでなく)用意した映像の映写であっても、必要最低限のことに留まって、聴衆としての面白みは皆無です。

 

もう1つのタイプは、これとは正反対で、かなり「緩め」で「さばけて」います。

最初に付言しておきますと、「緩く」て「さばけて」いて、なおかつ「間違えない」で「法的に適合」するというのは、容易ではありません。

 

それどころか、最上級の難易度でしょう。

なので、そういうナチュラルなスタイルがいいとわかってはいても、本番当日に100%の確率で正しく演じ切る自信を持てないために、断念するのが普通でしょう。

 

さて、6月23日に伊藤忠商事の株主総会にオンラインで参加しました。

 

議長は、岡藤正広会長CEOです。

日本企業の現職経営者としては、いまもっともカリスマ性と業績の両面で際立っている人物なので、この日を楽しみにしておりました。

 

大阪の企業で、こうしてオンライン中継による参加を認めているのは、在京人には有難いことです。

京都のニデック(旧商号:日本電産)、愛知県のトヨタ自動車でも見習ってほしいところです。

 

さて、報告事項の「当期の事業報告」ですが、あまり業績の良くない企業では、国際政治やマクロ経済といった風桶系の外部要因に言い訳を求めるのが定番になっていて、短く最小限で事務的に終わるのが一般的です。

 

反対に業績の良い企業では、経営者がドヤ顔をするチャンスなので、マクロ要因であっても「それに適切な対応を行い」などといって、経営判断が的確だったと言いたがる傾向にあります。

 

この辺は既に、経済エンターテインメントとしての株主総会の楽しみ方の領域に入っています。

 

伊藤忠の事業報告の映像は、長大でした。これでもかというほど、当期の高業績、高配当、高株価などを誇示する内容でしたが、注目すべきは非財務面での事業成果でした。

 

それは、社員のウェルビーイングの向上について、長い尺を取って説明していたことです。

総会の開会から22分経ってもまだ事業報告の映像を映写中でした。

 

そこには、「朝方勤務への転換」というキャプションがあって、関連する画像が続きました。

それは、あちこちで聞き飽きた、お題目としての「働き方改革」ではありませんでした。

 

朝方勤務に転換したのが10年前。

ちゃんと出世をめざすメインストリームの、若手男性社員も早い帰宅が普通になったそうです。

 

それで、保育園への送り迎えも男性正社員がやるようになったりして、日常の行動に目に見える変化が現れたんだとか。

 

その結果は驚愕の数字となりました。

社員の出生率が、この施策導入前の「0.6」から、施策導入して10年後にはなんと「1.94」に急上昇!

 

こんな具体的な数字で示されるとグーの音も出ません。

 

この手の「働き方改革」で話題になるようなさまざまな施策というのは、誰が中心的に利用するのかは、各組織でだいたいの相場観が形成されることが一般的です。

 

その相場観でよくあるのは、ふだんはバリバリと仕事するタイプではなく、どちらかというと出世街道から外れた閑職の人が喜んで利用するというイメージです。

 

そうなりますと、メインストリームを自認する本人は使わなくなりますし、上司も部下に対して嫌な顔をするようになります。

 

そういう組織の見えざる桎梏を、意識的に事前に除去することで、出生率という1民間企業の統計数値としては珍しい発想で、施策の見識を顕示したといえます。

 

事業報告ビデオの段階で、ここまで見応えのある株主総会も久しぶりでした。

 

さて、総会の華である質疑応答に移りました。

 

第1問は、先般来日して日本の商社の株をもっと買うと言って歩いた「ウォーレン・バフェットとの会談はどうだったのか」という質問でした。

 

そうしたら、議長は、これについては映像を用意しましたのでご覧くださいといって、映写させました。

 

う~む、ここでサクラ質問をさせて、用意した映像を持ち出すとは手が込んでいるというのか、ミエミエというのかわかりませんが、記念写真の域を出ない老人4人の静止画が何枚か投影されました。

 

それよりも印象に残ったのは、議長の指名で質問に答えた担当役員の人たちが、誰彼であっても、紙を参照せずに自分の言葉で語ることでした。

 

議長は最終パーソンですから、自分の言葉で語る例は多いのですが、指名を受けて返答する「他の役員」は、安全運転を最重視して、用意した想定問答を棒読みすることが多く行われています。

 

伊藤忠の場合には、指名を受けた「その他の役員」も自分の言葉で語るだけではなく、相当長口舌で、政治家がマイクを持ったら簡単には終わらないという光景を彷彿とさせるほど、延々と朗々と語っていました。

 

それでいて、余計なことは一言も言わず、冗長な印象は与えません。非常に訓練されているというか、そのような人物が選ばれているということなのでしょう。

役員の座をめぐる厳しさを垣間見ました。

 

「株主様からのご質問は、お1人様1つとさせていただきます」と議長が宣言する企業は非常に多いのですが、いざ質問が始まると、1人で複数の質問を平気でする株主が後を絶ちません。

 

議長も返答してしまうからいけないのですが。

 

ところが今回の伊藤忠では、「増配か自社株買いかどちらを優先するのか」という配当政策について質問した株主が、「それと関連して、次回は第100期になるので記念配当を出す考えはあるか」と「ついでに」尋ねました。

 

すると議長は返答する前に、「配当政策と記念配と、どちらの質問になさいますか?」と聞き返したのです。

 

普通なら返答してしまう関連質問ですが、1人1問を厳格に適用したことで、その後もダラダラと長い発言をする一般株主という「あるある」の付け入る隙がなく、しまった質疑応答の時間となりました。